芸能界に入ったきっかけは?
- 春菜:
- 立原さんの芸能界に入られるきっかけとなったのは?
- 立原:
-
小学校六年生の時に、メリーポピンズというミュージカル映画を観まして。
わぁ〜! 歌もあって踊りもあってセットも綺麗やお芝居あるし凄いなって
思ってでミュージカルの虜になって。
日本でやってるところを探したら、
たまたま劇団四季がそういうことやってて・・・。
それで、中学校二年生の時に奈良県の県民会館に
劇団四季が来るっていう情報を
親戚の叔父さんから得て観にいったんです。
そしたら余計ナマじゃないですか、映画よりもね。
だから「ウァー舞台の上でこんだけのもんが作れるんや」って。
中学校一年生から劇団四季入るって決めて。 - 春菜:
- えっ!その時からですか、僕も小学校の時に劇団四季来たんですよ。
そん時にやっぱ憧れましたよ…ね。すごい力もってますよね - 立原:
- 魅力ありますよね、だから当時は総合芸術なんて言葉を知らなかったけど、
あとから考えたら日本で劇団四季ほど完成された総合芸術は無いですよね。 - 春菜:
-
で〜結構その〜入るためのオーディションとか厳しかったんですか?
- 立原:
- 厳しかったですね〜あの〜僕の時で8/2500…
- 春菜:
- エッ?
- 立原:
- 2500人受けた内の通ったのが8人です。
- 春菜:
- エッ?そん中で通らはったんですよね
- 立原:
- 8番目やったんですけどね
- 春菜:
- 8番目
- 立原:
- というのもね劇団四季はね、入った時に踊りが何点、歌が何点、芝居は何点全部発表しよるんです。だから何位か分かるんです。
総合得点 8番目やったんですけどなんとかかろうじて・・・ - 春菜:
- むちゃくちゃ嬉かったですか?
- 立原:
-
嬉かったですね。当時はただ、そのミュージカルをやりたいってゆう僕と、
「シャボン玉ホリデー」とかタモリさんの「今夜は最高」、
「ゲバゲバ90分」とかなどの音楽バラエティを観て育ってきた僕とがあって、
ミュージカルスターになりたいって思った訳でもない。
で、なんか音楽バラエティをやる時に、四季に入れば踊りも歌も
全部勉強できるなってそういう意味合いが強かったですね入る頃には。 - 春菜:
- なるほど。でそこを辞めようと思ったきっかけっていうのは?
- 立原:
-
それはね〜あの〜、支障ない様に言いますけど。劇団四季っていうのは良くも悪くも株式会社なんですよ。
で四季のポスター見ても分かる様に出演劇団四季って書いてあるんですよ。役者さんの名前は書いてない。
つまり役者の劇団四季の歯車の一員なんやと、で、われわれ芸能界の人間芸能人がタレントでも役者でもそうですけど、「そういう組織の一員でいいのか?」と。
自分の中で湧いてもっとタレントってちゃうのみたいな、そういう感覚に丁26,27歳に襲われて。
で、たまたま劇団四季で大阪へ公演に来た時、お笑い芸人さんは多いけど、
喋り手としてのタレントさんは少ないって言う話をきいてアッ!ひょっとしたら可能性あるんちゃうかなっと思って辞めたんです - 春菜:
- その後に「売名行為」を作られたんですよね
- 立原:
-
で、しばらく暴れん坊将軍にレギュラーで出たりとか、え〜っと、
役者の延長線上テレビで必殺仕事人とか土曜ワイド劇場とか時期があって、
たまたま撮影所で撮影の合間中に大部屋の俳優さんらを笑わせたんですよ。
それをKBS京都のラジオで聞いて下さっておもろいから一回深夜放送やってみいひんかゆうて京都のヤンタンみたいで出演したのがタレントの始まり・・・。 - 春菜:
-
タレントの始まり。はぁー。それからいわゆる
- 立原:
-
でタレントしばらくやってたんだけれども、
ラジオとテレビ一本ずつそんなんじゃ食えませんわな。
これいつまでたってても食われへん、
というのは個人事務所、自分の一人の事務所。
で〜、営業もどうやってやったらええか分からへんし、
なんかええプロモーションないかなって考えてたら、
周りに僕みたいな連中、松たけし、妹尾和夫、
牧野エミ、生瀬勝久、古田新田、羽野晶紀、
みんなおったわけですよ。
でこのメンバーでプロモーション活動の為のユニットをつくろうと言うて
ネーミングを「売名行為」にしたんです。 - 春菜:
-
ネーミングは誰が考えたんですか?
- 立原:
-
ネーミングはね、僕と牧野エミで考えたんですよ。「売名行為」にしようって。
でそのまま一般のお客さんにも来てほしかったですけど、できるだけ放送局のD(ディレクター)・P(プロデューサー)に来てほしかったわけですよ。そのための舞台を演ってたんですよ。 - 春菜:
-
なるほど。いろいろな苦労話ってあると思うんですけど、
そこでの苦労話って・・・? - 立原:
-
う〜ん結局ね〜、
それでその売名行為で
10回程公演やったんですけれども、
5回目ぐらいから、えらい人気が出できたんですね。
そのころやったら僕も
テレビのレギュラー、ラジオも入れて
7〜8本やってたんですけどね。
んでそれでも今みたいに大阪・東京・名古屋で福岡に行って1本やったりとか
静岡に行って1本やったりとか、
そういう7,8本やったからすごいしんどかったですよ。
そやけどまだ売名行為やって僕らが狙ってるのって「大阪とか名古屋東京のKEY局やで」ってのがあったからその狭間のあたりだから。結局当時一番ひどかったゆうたら朝3時に起きて、で5時に読売テレビ入って6時に生放送やってそれからまた違う放送局いってラジオやったりテレビやったり最後ラジオ大阪で深夜放送やって、
でそれから売名行為のための舞台の稽古しに行きましたからね〜 - 春菜:
-
うわぁ〜パンパンですわね
- 立原:
-
そうもうパンパン。
- 春菜:
-
うぅ〜ん。なるほどね〜あの〜他にも苦労話はあると思うんですけど、
倒れはったんてその頃ですか? - 立原:
-
その頃です。だから〜
- 春菜:
-
はは、倒れったって!
- 立原:
-
ほんまにね、そういうスケジュールで売名行為もやりながら
レギュラー14本まで行ったんですね。 - 春菜:
-
よう出来ますよね
- 立原:
-
やりました。はいはい。
週16本のレギュラーやろう思ったら睡眠時間が2〜3時間なんですよ。
で一日も休みない。そしたらぶっ倒れましたね。やっぱり。 - 春菜:
-
倒れるっていうのは、どうゆう倒れかたですか?
- 立原:
-
あのね、深夜その日の放送終わって帰ろうと思って車運転してたら、冷や汗出てきて息が詰まってきて手足が硬直してきて口も硬直して喋れんようになってで気失う。
完璧に自律神経失調症のきっつ〜いヤツ。めっちゃきついヤツ。
で気ついたら病院のベットの上で一日半経っていました。 - 春菜:
-
それからいわゆる健康みたいなもんにも気遣つかう様になって、
でメディカルタレントっていうような方向に一つの要因となったわけですよね。 - 立原:
-
それで復帰して、二ヶ月半全部レギュラー辞めて、
で復帰してそれからまっ、
関西の口の悪い○○○とか(3回連呼)そうやつらが
あの〜病弱やとか影薄いとか
言い出しよったわけですよね。 - 春菜:
-
はいはい。
- 立原:
-
で、最初はまあ触ってもらえてるからおいしいなって思ってたわけですけど。
「ちょっと待てよ、何べんも。一回倒れただけやのに、あまりにもひっぱりよるからこれはあかんな〜、なんか次の展開考えなあかんな〜」で、考えたのが治療経験とか豊富やったらメディカルタレントっていう名前名乗って。
医者の言うことって難しいじゃないですか、
それを出来るだけ分かり易く解説できるインフォームドコンセプトという
ポジショニンングになれたらええな〜思ってメディカルタレント宣言をしたんです。 - 春菜:
-
なるほど〜
長い間の芸能生活で、立原啓祐さんが心に残っている言葉は?
- 春菜:
- でですね、ここで話は変わるんですけど。
いろんな人とのいままで絡みがあったと思うんですが、
あの〜ま〜芸能人長い間芸能人をやって心に残っている言葉は何ですか? - 立原:
-
劇団四季から帰ってきて、一年間だけプロダクションに居たんです。その時に、たかじんさんの番組に出る機会があって、で相談したんですよ。たかじんさんに、そのレギュラー1本2本やからどうやったら取れるんですかね〜って。
「売れる売れへんよりもとりあえずタレントっていうのは、立原が劇団四季で感じてきたみたいに、プロダクションの看板で、そういう名前で売れるもんじゃない。
やっぱりタレント個人の力で、どこまで売れるかを試すところに醍醐味があんねん。
だから自分で自分一人でどこまでやれるかやってみ」ってたかじんさんに言われたんでやったろかなって思ったんです。 - 春菜:
- なるほど〜
- 立原:
- そういう意味では、あの〜たかじんさん言う自分個人の、タレント個人が持ってる力、それでどこまで出来るか試して売れたらほんまに僕自身だけの力じゃないですか。
- 春菜:
-
そうですね。そのたかじんさんの言葉が残ってるとのことですが、
芸能生活何年になります、立原さん? - 立原:
- ウゥ〜四季を入れると28年
- 春菜:
- 28年。ほぉ〜。28年でやってて良かったなあっていうのはどんな事ですか?
あります?そういう瞬間? - 立原:
- あの〜そごい短絡的ですけど、一つはやっぱりたとえば今、春菜氏と一緒にやってる番組でも一週間に1000通かな?ハガキ来るわけじゃないですか、それにみな感想書いてある。それを読むのが楽しみですね。それは舞台やったら生の拍手になったり笑いになったりするし、テレビ・ラジオやったらハガキやったりFAXやったりするしそんなんは一番嬉しい
芸能界生きていく、立原さん流のコツって?
- 春菜:
結局大先輩としてお聞きしておきたいのは、
芸能界生きていくコツっていうのかね〜
一言ではなかなか言われないと思うんですけど
エキスみたいなところを
教えて頂ければっと思うんですが・・・- 立原:
- あの〜どんなに大手のプロダクション入ってても
自分を自分でどこまでプロデュースできるかっていう力、
それを備えてるか備えてないかだと思うんですよね。 - 春菜:
- うんうん
- 立原:
-
だからそれはあの〜普段家に居て
じゃ次どうゆう展開にタレントとして立原啓祐っていうタレントを
どうもっていこうかっていう時もそうだし、本番の中でここで笑いとったろとか、
ここでちょっとお客さんを感動させようとか感心させようとかていう
本番中もそうやと思うんですよ。
結局自分自身を自分自身でプロデュース演出してるから出来るわけで、
その演出力なりプロデュース力が無い人間は、結局は成功しないんちゃいます。 - 春菜:
-
う〜ん、なるほど。えぇ〜そこでですね、
あの〜桂 春菜に苦言をていするわけではないんですけれども、
なにかこうアドバイスと言いますか、
あんたもうちょっとこうゆう風にしたらいいんじゃないのっていう
ちょっとあの〜兄貴肌な意見を一言いただければ非常にありがたいなっ
というふうに思うんですけれども… - 立原:
- 彼女はなんで作らへんの?
- 春菜:
- フッフッフ…(笑い)全然関係ないとこきましたね〜
- 立原:
- いや関係ある。
- 春菜:
- 関係あります?(笑い)
- 立原:
- う〜ん。
- 春菜:
-
いやもうあの〜次行くならあの〜結婚かなっと思ってまして、
どうグッと好きな存在というのがあるわけでなし、今ちょっとあの〜物凄い、
まだ〜モチベーションが上がってこないんですよね。 - 立原:
- ああ〜そう。
- 春菜:
- 作るべきやと
- 立原:
- うぅ〜ん、あの〜え何が何を僕は答えればよかったんでしたっけ?
- 春菜:
- フッハハハツハハハハッ(大笑い)
- 立原:
- エッ
- 春菜:
-
笑いながら…芸能界で生きていくための僕に対してのアドバイス。
- 立原:
- これね〜あの〜マジに言うていいんですか?
- 春菜:
- もちろん、もちろん。もうあの〜どちらかと言えば
- 立原:
-
これ難しいのね。
桂 春菜氏の持ち味と言えば持ち味なんですよ。
で僕は前から言うてるみたいに
お父さんお母さんに一番感謝した方が
いいと思うんですけど、
桂 春菜というのは品があるんですよ。 - 春菜:
- えぇ〜
- 立原:
- ねっ。芸人に品が無いと芸人は長持ちしない
- 春菜:
- (笑い)
- 立原:
-
間違いなくそうです。(キッパリ)君の良さがいろんなところに表れてて。
例えばまあ〜あの〜僕は高座拝見したことは無いですが、放送で一緒なってると、
あの〜非常に悠長に喋る。んで〜これは高座ではいい風に活かされてると思う。
で、放送でその悠長な喋りが活かされる番組と活かされない番組があると思う。 - 春菜:
- なるほど〜(感心)
- 立原:
-
KBSでやってた司会の番組を見ると、僕は活かされてたと思う。
でこの番組(金曜いただきッ!)関しては、え〜後そう悠長な部分を
三割ぐらいカットしたら桂 春菜ってもっと活きてくると思う。 - 春菜:
- あぁ〜なるほど。それは、ケースバイケース。
今は立原さんがおっしゃったように、あの〜状況に応じて自分を
プロデュースできないとダメだというところ繋がってくると思うんですけど - 立原:
-
それはありますね。イコール自分をプロデュースする力っていうのは結局いま自分が
どうゆう風に映っているんだろうとか、ここで一言少ないとどうだろうか?多いとどうだろうか?というようなことを、全部まっ、空気を読むってことがありますけど、
う〜ん、あの〜その場の風とか空気を読む力やと思うんですね。 - 春菜:
- はぁ〜あ。
- 立原:
-
それがあの〜僕なんか羨ましいと思う。公演ぐらいでしかその生の空気を読むことの訓練はできないですよね。それを春菜氏とかは、高座に登ってるわけで、そういう空気を読む訓練はいくらでも出来ると思うんで、多分高座で空気読んでる部分を放送でもいかされたらもっと凄いタレントになるんじゃないかな。
- 春菜:
-
ありがとうございます。はい。
この番組(金曜いただきっ)でもうちょっと削ぐということですか?
あの〜ペースをアップしろということですか?
悠長っていうとダラダラしてるっていうことですよね? - 立原:
-
ダラダラしてるというかね〜

あの〜不思議な存在でね、
あの人(鳥居睦子さん)喋りゆったりしてる
じゃないですか、でもね、ゆったりしてるんだけど
つまりゆったりということは
喋りのスピードであったりとか語り口調であったり
とか風合いであったりとかそういうものが
シルクみたいなもんなんですよ。
なめらかなんですけどもでも着るときはパシッときるはんねんね、あの人。
で〜ワンフレーズが凄く短い。多分そうゆうトコやと思うよ。 - 春菜:
- ゴールに近づくまでのジョイントが長いとそういう事でもある
- 立原:
-
それとね〜、落語の世界ではそれで全然OKやと思うんですよ。
テレビの世界でいうとね〜、スタッカートに喋れるか喋れないかっていうのがね
ひとつの技術になってくる。それはデクニカルの部分ですけど。
で〜、もし今後春菜氏がどういう方向で行こうとしてるかは知りませんけれども
この手の番組に情報番組とかバラエティとかに出るんだったら、上品な悠長な空気、品のある空気っていうのは残しつつ、
スタッカートに喋るっていうことを練習した方がいい。 - 春菜:
- はぁ〜、なるほど。
- 立原:
-
高座は別ですよ。番組に関して言えばね
- 春菜:
- ハキハキ?
- 立原:
-
ハキハキ?う〜んどういうんかな〜むつかしいねんけどね〜
- 春菜:
- スタッカートに喋る、鳥居さんの例でいうと分かりやすいですよね。
- 立原:
-
でもいい意味でおっとりしてるでしょ。うまいな
桂 春菜というのは、立原啓祐さんにとってどういう存在?
- 春菜:
-
立原さんにとって、桂 春菜というのは、どういう存在なのかなと最後にちょっとお聞きして終わりたいですが?
- 立原:
- いまいくつでしたっけ?
- 春菜:
- 29歳です。
- 立原:
-
29歳ですよね…
あの〜僕はですよ、たぶん桂 春菜は、35〜40歳の間に爆発的に売れると思うんです。いやいや売れます売れます。間違いなく。
ただね、あの〜○○○○の悪い所は、頭、頭でかすぎるんです。でタレントっていうのは感性と知性のバランスのある時はこのバランスをうまいこととってんと売れへんのです。
で、桂 春菜は頭いいんです。頭いいんです。物事良く考えてます。ここで一つだけ言うとくのは、あの〜知性の方が上回りすぎたときは絶対失敗します。多分そこの知性と感性のバランスをうまくプロデュースしていけば間違いなく30なかばぐらいから売れます。絶対売れます。
売れますけど、僕は息の長い噺家さんでありタレントさんになってほしい。まっ、
ひとつは売れることは間違いないんですが、売れたあとのアフターケアーを桂 春菜が、もしくは松竹芸能がどうしていくかですよね。でもそれをうまくやっていきさえすれば、間違いなくもう僕には50代60代の桂 春菜が見えます。もう関西の四天王に入っているでしょ。 - 春菜:
-
でも中西くんみたいなノリなってるじゃないですか?(笑)
ちょっとまってください!立原さんて結構そんなこといわはるタイプなんですか? - 立原:
-
いわないタイプです。だからね〜、いや言う人には言いますよ。例えばこの間NHKの漫才コンクール見てて立原啓介ってスゴイなって思ったんがあっこいつとこいつとこいつが賞とりよんな〜と思ったらまともにその三組が賞とりよったんですよ。
- 春菜:
- あ〜そうすっか!。
- 立原:
- プラン9と麒麟と笑い飯。
だから、そういう意味では見る目あると思う。
僕がいままで女の子を50人ぐらいかかえてプロダクションをやった時期があるんですけれどもその時に50人のうち3人だけは売れるなって思った子は今も頑張ってまだタレントやっとるんです。で残りの40何人はもうどっかいってしまいましたけど - 春菜:
- そん時40何人はこりゃちょっとシンドイなっていうことやったんですか?
- 立原:
- で、辞めたんです。そんな50人もかかえるのやめよってと
そういう意味では、
あのぉ〜だぁ〜なんでぇ〜僕ぅ〜、いま桂 春菜と仲良くさせてもらってかというと、
え〜僕自身の力で番組を取るっていうのはもうあと5年なんです。 55歳ぐらいまでなんです。
残りの55歳ぐらいから僕は一応60歳までやろう思ってますから残りの5年っていうのは今の若い人たちがある程度売れて引っ張っていってくれなあかんのです。 - 春菜:
-
フッハハハ(大爆笑)それはない〜!
そんなにはぜったいになれない! - 立原:
- いやなれます。なれます。桂 春菜の冠のついた番組に立原啓介をいまのキダタローのようにポジション置いといたらいい。
- 春菜:
フッハハハ(大爆笑)
すみません、ありがとうございます。
| GUEST | 立原啓祐さん | ![]() |
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| PROFILE |
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ストレス過多で闘病生活を送った経験から、西洋医学、中国医学、インド医学など、世界のあらゆる医学を学び、医薬品に関する豊富な知識を習得。その知識をもとにした講演活動を日本各地で行っている。 |
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